「設計と現場日誌」
追悼
5年前に他界した父(当社創業者)の友人で福島県梁川の桜場工務店、桜場幸三さま。
11月5日、携帯に着信がありました。桜場さんの表示。電話に出ると、、、御本人ではなく奥様の声。
まさかひょっとして、、、。そうでした。訃報です。
父と桜場さんは同じく大工出身の工務店経営者で、宮城福島という隣県ということもあり、パッシブエアサイクル(PAC) の会員施工店のなかで特に親しくしていました。
建築家の故吉田桂二先生がPACの顧問であったころ、吉田先生が提唱する木組みの住まい造りに共感していたのがこの2人でした。
私が大学卒業後2年間御世話になった新潟の佐藤住建さんも当時PACの会員工務店でしたが、そのころ吉田先生設計の「無限定空間の家」を建築した福井県の福井ハウジングさんで、会員工務店の集まりがありました。
新潟市にあった神田建設さんの若手社員中村さんと私が、若手同士で見学に行ってこいといわれ参加したのです。
夜の懇親会後、桜場社長と父が楽しそうに飲んでいる様子を目にしました。そのときの様子が思い起こされます。
桜場社長はアイディアマンでも有り、今では全国の住宅で標準的に採用されているベタ基礎を初めて採用した?のは櫻場さんではないかと私は思っています。
PAC住宅は、床下の空間と壁屋根裏の空間を繋げて循環させる工法。そのため床下からの湿気を防ぐため地面に防湿のためコンクリートを打設する仕様になっています。
以前は、布基礎プラス防湿コンクリートの仕様だったのですが、これを防湿コンクリートを鉄筋を配筋してベタ基礎にすれば、耐震性能もあがると考え実際の現場に施工したのです。それをみた私の父も早速真似をしました。1995年のことです。
今、桜場工務店さんは息子さんが代表となって経営をなさっています。
親世代の思いも受け継ぎ、家づくりに携わって参りたいと思いを新たにしました。
合掌。